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2015年7月28日火曜日

トルナード

この記事を書いている途中で日本旅行に突入してしまい、近所にWiFi環境がなかったためなかなかアップできませんでした。
ということで、以下は7月13日頃更新するつもりだった記事となります。


久しぶりにハレの庭へ出かけてきました。
広い庭でゆっくり本を読みながら、時々食べごろになってきたブルーベリーをつまんだり、子供たちとプールに入ったり、とても贅沢な休日を過ごしてきました。
恐ろしいほど暑かったせいで、夜は実に寝苦しかったのですが。

楽しい週末を満喫し、子供たちの学校も3年生の最後の週となりました。
今週終われば夏休みです。
夏休みに入るとすぐに日本へ旅行に出かけます。
私にとってはまたまた、子供たちにとっては1年振りの日本です。
子供たちもちょっぴり興奮気味。

そんな感じでスタートした週の火曜日のこと。
私たちの住むマグデブルグでは夕方になり、嵐に雷、そしてドシャブリの雨が長く続きました。
ガーテン友達の庭ではサクランボが途中の枝からボッキリ折れてしまったみたい。

実がいっぱいついていたのが逆に悪かったのかもしれませんね。
可哀想。

嵐も過ぎて静かになった夜の10時半頃、ママから電話がありました。
庭が竜巻にやられてエライことになったらしいと、、、

庭の近所に住む友人からママのところに連絡があり、庭のある村全域で竜巻による被害が出ているというんですね。
樹がすごくたくさん折れたり倒れたりして、道が通れなくなっているため消防隊が出ているとか。
ママの庭も見に行ってくれたそうなのですが、それはもう大変なことになっていると、、、

水曜日、ザクセン-アンハルト州のテレビでもニュースになっていました。
早朝から庭へ出かけたママはかなりショックを受けて帰ってきました。
庭にある19本の樹が壊れたんだそうです。
更に倒れた樹が小屋の屋根の上に載っかっていたり、樹の下敷きになって多くの植物がやられていると。
その他にも、小屋のテラスの屋根が吹き飛ばされ、トランポリンが行方不明。
2つあったプールの1つもどこかに飛んで行ってしまったらしいと。

長い年月をかけて作り上げてきた庭が、一瞬でボロボロになってしまったんですね。
天災って本当におそろしいです。

ということで木曜日、大事な仕事があって休めない妻にかわって私がハレに行くことになったのでした。
保険が使えるかもしれないので、記録としての写真を撮って欲しいとのこと。
なにより一人で心細かったでしょう。
子供たちが学校に出かけるよりも早く出かけることにしました。

バスの停留所側にて。折れてますねー。

ハレ駅からトラムに乗り、更にバスに乗り換え庭へ行きます。
庭の最寄り停留所まで行かないバスだったのですが、便数が少ない路線のため次を待たず歩くことにしました。


あちこちでバキバキに折れてました。
昨日のうちに道路を塞いでいる樹や枝などは消防隊などによって切られていたようで、道は問題なく通れるようになってました。


庭のある村に入るとすぐ、倒れた樹が屋根に載っている家が、、、
おそろしいです。
どんだけ大きな竜巻だったんでしょうか?
ものすごい力ですね。


ママの庭に入ってすぐ、お隣さんの樹の折れた枝(5m以上)が入り口を塞ぐように横たわっていました。

そして庭を見て言葉をなくしました。 
高さのある樹はほとんど全てやられていました。


入り口の近くにある高い樹は根から倒され、先は小屋の屋根に載っています。
こんなのどうやって降ろせば良いんでしょうか?


この木の下には日本から持ち帰ったモクレンがあるとのことで、後から救出作業になりました。

毎年美味しくいただいたクルミの樹も根ごと倒れていました。
近所を見て回ったのですが、どこの庭もクルミとかナッツ系の樹はぶっ倒れてましたね。
もっとしっかり根を張っている樹かと思っていたのですが、どうやらそうでもなかったみたいです。
クルミ、倒れてます。

テラスの屋根、全壊。
物置、落ちて来た枝に潰されて壊れてます。

この樹も根っこから倒れ、ベンチを壊してます。
私にとって被災直後の現場に来たのは今回が初めてのことでした。
もしこれが自分の住む家だったらと思うと、どれだけショックを受けるんでしょうか。
あまりの滅茶苦茶さに何から手を付けて良いかわからない程です。
言葉もでません。

ママと朝ご飯を食べながら、これからどうするかを話し合いました。
庭を手放すことも考えてるそうです。
何十年も大事に育てて作ってきた自慢の庭が、家に帰って数時間後に無惨な姿に変わってしまったのですから、ママの落ち込みははかりしれません。
倒木の下敷きになっているママのお気に入りの植物を、とりあえず救出する作業をすることにしました。
その間ママはなんとか残ったブルーベリーの収穫をすることに。

しばらく働いた後、近所をちょっと見てまわることにしました。
ザーレ川の近くにある家の屋根が吹き飛ばされ、バラバラに散らばっていました。
軽く200mは飛ばされてますね。
凄まじい威力。


折れた木の片付けをしていた老夫婦の話では、旦那さんが当時小屋に居たそうで、たった3分間の出来事だったんですって。
竜巻なんて未だかつてなかった、本当に参ったと言ってました。

数年前から自分で家を建てている知り合いは、今回の竜巻で屋根の部分に敷いてある防水シートと煙突を吹き飛ばされてしまっていました。

屋根の雨樋が木の上の方に引っかかってます。
倒れた木はこのように細かく切っていくんですね。

ママに被害を説明する知人。彼の庭を目にしたときは私も涙が出そうになりました。

今回の竜巻でママはかなり凹んでます。
当然ですよね、何十年も育てて作り上げた庭が壊滅状態ですからね。
後片付けもどうやって進めていくか、いろいろと頭を悩ましています。
保険がどこまで利くのか、後日保険会社の人が被害状況を見に来ることになっていますが、辺り一面皆被害が出ているので遅くなりそうとのこと。

来週末は妻が手伝いに行くことになっています。
妻と子供たちは私が撮ってきた写真を見て泣いていました。

「日陰を作ってくれる樹がすべて倒れてしまった、今年の夏は暑すぎてここでは過ごせない、、、」
夏休みに家族ゆっくり庭で過ごすのを楽しみにしていたのに。
実をいっぱいつけていたベリーたちもほとんど駄目になってしまいました。
今年は後片付けの夏休みになりそうです。



2015年7月2日木曜日

ブリュートナー、修理決定

我が家のブリュートナー、修理をすることとなりました!
先日、ピアノ運搬業者が来て工房の方へ持って行ってくれました。

今回の修理、けっこうなお金がかかります。
もちろん新品を買うよりは全然安いのですけど。

昨年、ブリュートナーも扱っている修理職人さんと連絡を取り、実際どのような状態なのか見に来てもらったことがあったんですね。
その時職人さんに「これなら修理すれば直る」と言われてたんです。
そしてかかる費用もざっとですが教えてもらってました。
マグデブルグの近郊で修理工房をやってる女性のマイスター。お父様も職人さんだったそうです。


そんなわけで、前から「車を買う」か「ピアノを直す」かの、どちらにお金を使うかで迷っていたんですね。
今うちで一番車を欲しがっているのはおそらく子供たち、2番目はきっと妻でしょう。
学校に送迎してもらいたいって理由だけだと思います、、、
妻は庭の畑のために、土やら道具やら時々車じゃないと運べない物を買いにいきますからね。
私はどうせ運転手だし、右側通行も面倒そうだし、いまいち消極的だったりします。
前に運転した時ついつい反対車線を走りそうになって、助手席の友人を何度もビビらせました。
車は欲しいですけどね、BMWの小さいのとか、、、



結果的に、より文化的な生活を目指そうということで、ピアノのオーバーホールを決定。
子供の同級生のお母さんに車で送ってもらった時、その話をしたらどういうわけか非常に喜んでくれて「素晴らしい判断だわ、車が必要な時はいつでも言って!」と、言われました。
文化を守るチョイスに感動したのかもしれません。
ちなみにそのお母さん、旦那さんも共にお医者さん。


女性職人さんは、こういった古いピアノのしかも良いメーカーの物は絶対に捨てちゃいけない、と言ってました。
結果的にかかったのは運送費だけだったので(過去記事)、ただでもらっちゃったような我が家のブリュートナー。
失敗だった?という思いもチラリとはあったため、彼女の話は胸に沁みました。
古い楽器にはその楽器しか出せない味わい深い音があるんだそうです。
良い音が出るように直してもらわないとね。

誰よりも何より彼女自身が直したくてしょうがないように感じましたけど。
半年振りくらいの再会となりましたが、私たちの決定をすごく喜んでいました。
仕事が入ったことの喜びもそうでしょうけれど、本当にピアノが好きなんでしょうね。
どういった行程で直していくのか、見てみたいです。
いつでも見学OKと言ってくれました。


取りにきてくれたピアノ運送屋さん達は、うちの古いのを見て「これ捨てるの?」と聞いてきました。
妻が「直すんだよ」と答えると、「それじゃまたここに戻すのか」とちょっとガッカリな様子。
大変だもんね運ぶの、次は階段上りだし。


運送さん達の話だと、昔に作られた古いピアノの方が現代のよりもずっと重いんだそうです。
とくにスタンウェイだとかブリュートナーだとか、有名メーカーの物はアップライトでも小さいグランドピアノ並みの重さなんだとか。
そこで少しでも軽くするためにと、外せるパーツは外して運ばれて行きました。



仕上がってくるのは9月終わりくらいになるのかな。
しばらくお別れです。


子供たちが楽器を習っているのため、実際ピアノは毎日チューニングに使っているんですね。
特にホルンを習ってる息子が。
でも今までは本当にピアノの音が正しいのか怪しい状態でした。
絶対に狂ってたと思います。

大体3ヶ月くらいかかるという話しでしたが、どんな風に戻ってくるのか今から楽しみでしょうがありません。

そういえば、現在我が家で一番ピアノを使っている息子の演奏発表会が、先週老人介護センターにて行われました。
音楽学校で同じ部屋を使っている2人の先生(ホルンとトロンボーン)のクラスの発表会です。

スペイン人の先生、若くて親切、息子も大好きみたい。
トロンボーンの先生と生徒さん達がオープニングの演奏をしました。
息子が一番小さかったのかな?
会場の介護センターに向かう時からガッチガッチに緊張していました。
見てるこっちまで疲れそうな程です。
演奏の方は上手くいきました。
本人は「2回(音を外して)失敗した」と悔しそうでしたが、大したミスじゃなかったと思います。
先生にも「小さなことだったからまったく問題なかったよ、すごく良く吹けてた」と褒められてました。

音楽学校ではちょこちょこと演奏会を開くことによって、人前で演奏することになれる訓練をしてるんですって。
でもこういった会場は今回が初めてでした。
ご老人達にとってはどうだったんでしょうか?
ほぼ無反応な感じでしたけど、、、

週末には娘のバレエ発表会がありました。
こちらの方は街のオペラハウスで2日間3回のの公演です。
前回ほぼ満員だったようですから、大したもんですね。
こういうの我が家はいつもチケットを購入するのが遅いんですよね。
今回は2階席の後から4列目でした。


娘達のグループは傘を使って踊りました。
前回と比べると足の動かし方とか、バレエらしくなってきたと思います。
習っているのはクラシックバレエのクラスです。
でも
写真で見ると、あまり揃ってないね。


今回は縦に並んだり、傘をさされて影になったり、あまり良く写真が撮れませんでした。
悔しいです。
娘はトゥシューズに憧れてるみたい


今回初めて公演を最後まで観ましたが、おそらく市営なバレエ教室の発表会ということで、いろいろな年齢層、それこそママさん達のフラメンコまでありました。
子供たちの学校の英語の先生もバレエで出てらっしゃいました。
でもほぼ女性ですね。
男性は3、4人しかいなかったんじゃないでしょうか。

9月からは私再びドイツ語学校に通うこととなりました。
これから先、こっちで不自由なく生活するためには「絶対に」必要なことなんだ!そうです、、、
私のインチキなドイツ語がどれくらいのレベルなのか、先日語学学校へ行ってテストを受けてきましたよ。
どんなクラスからのスタートになるかは、後ほど連絡をくれるそうです。
個人的には初心者クラスから参加したかったんですけど。
今、ドイツもシリアとかからの難民問題で、空きがなかなかないんだそうです。
私のように滞在許可証は持っていて、ドイツ語を習いにくるのは珍しいケースなんですって。
そういえばみんな滞在のビザが欲しくて、語学学校に通うんですもんね。
まあ、ゆっくりやろうと思います。

2015年6月29日月曜日

ぎっくり腰と呉

前回の続きです。
母を東京に送り出し、「その間父の面倒は任せな」などとでかい口をきいた数時間後のこと。
手洗いをすませ居間に戻ってきた父が、私の目の前でバランスを崩しよろけたんですね。
危ないっと思った時には身体は動いていて、脇の下に両腕を差し込み羽交い締めにするような体勢で支えました。
しかしこれがいけなかった。

腰をやってしまったんです。
ギシッっという音が聞こえたようでした。
いやー、痛いのなんのって、半端無かったです。
いわゆるぎっくり腰だったのですが、初めてのことなので何が起こったのかまったくわからず、ジワジワ迫ってきた痛みのため脂汗が出ました。
身体を動かすことができません。
座ることもできず、かといってどんな姿勢になったら楽なのかわからず、テーブルに手をついて痛みに耐えていると、「横になっとけ」と何とか自力でイスに腰掛けた父が心配そうに言ってきました。

横になれって言われても、寝転ぶまでの行程が痛過ぎて無理、、、
だからといってこのままでもいられません。
倒れるように横になることにしました。
横になってみるとちょっと楽、しかし痛くない姿勢から少しも動けません。
母親から借りていた iPhone がポケットの中に入っていたのはラッキーでした。
すかさず叔母に連絡を入れ、救援を求めました。

ぎっくり腰経験者だった叔母は、2時間くらいで行けるから「それまで我慢して待っときんさい」と。
救急車を呼ぶかとも思ったのですが、身体が不自由な父を一人残して病院に行くのも何ですし、日本の保険証も持ってないし、、、など、とりあえずは叔母が助けにきてくれるのを待つことにしたんですね。
その間に腰痛ベルトを amazon で注文。
更に腰痛の情報を収集することにしました。

購入したのはこれ、KONAMIの腰椎固定ベルトパワフルギア。amazon jp より

東京の妹にもメールを入れました。

妹宅に着いたばかりの母親とも電話で話しました。
「何をやってるんだ、あんた、、、」と驚きつつも心配と呆れの混じったような声が。
当然ですよね。

イスに座る父のすぐ下に転がって、これからどうすれば良いのかと相談していましたが、あまりの役立たずさに笑うしかありませんでしたね(涙もろくなってる父は泣いてましたけど)。
すでになってしまったものは仕方ありません。
父は「悪いことをした」と気に病んでいましたが、今回は完全に自分のミス。
足下のおぼつかない父親が転ぶのは想定内でしたので、無理な体勢で支えようとした私の不注意が招いた結果です。
それでも想定外のアクシデントに、不幸の連鎖が自分にやって来たのかと、ちょっと恐ろしくなりました。

そして叔母が到着。
痛み止めの薬と夕飯を持ってきてくれました。
そして寝転んでいる私に、薬(座薬)をすぐに入れて来いと、、、

「嫌だ」とはもちろん言えないので、激しい痛みをこらえて立ち上がり、大人しくトイレに行くことにしましたが、立ち上がってみてびっくり。
真直ぐに立ってしまえば痛みがほとんどないんです。
むしろ寝転んだり座っているほうが痛いんですね。
ヘルニアで入院した友人が「痛みで寝られないから、夜中に部屋を抜け出してロビーの壁に寄りかかったまま立って寝てる」と言っていたのを思い出しました。
トイレに入ってとらなければならなかった姿勢は、ものすごく痛かった。

想定外のアクシデントには参りましたが、ドイツへの帰国を延ばしておいて正解でした。
腰痛のままドイツまでのフライトはもっと大変な結果を招いていたと思います。
妻にもメールで連絡を入れました。
現状が良くわからないまま、次々やって来る良くない知らせに、かなり心配していた様子です。
悪かったねー。

立ち上がれば何とか動きまわれることに気がついたおかげで、だいぶ気分も楽になり、母が帰って来るまでの数日をやり過ごせるという目処も立ちました。
翌朝ゴミ捨てのため外へ出た時、道路を挟んで家の向かいにある(まさに私のためにあるかのような)接骨院に行ってみました。

実は昨晩これこれこういうわけで、どうやら腰を痛めてしまったらしいのだけれども、、、

開くまで30分程早かったのですが、まだ若い院長先生は「今すぐで良いですよ」と言ってくださり、一番で診察してもらうことになったのでした。
足を触ったり押されたりした結果、骨や神経に異常はないとの診断が。
骨に一番近い筋肉、インナーマッスルを痛めたんだそうです。
ということで、電気と針で治療をしてもらい、痛みが取れるのに最低でも1週間以上、通常の生活に戻るには2週間以上かかると言われました。
しばらくは毎日通うこととなりました。
目の前にあるので空いている頃合いを見計らって出かけられるのが良いですね。
不幸中の幸いでしょうか。

4日程して母も帰ってきました。
その頃は痛みもだいぶ治まり、気をつけてさえいれば特に生活に問題もない程度には回復していました。
初日の痛みからは考えられない復活力。
本当にラッキーだった。
神経とかやっちゃってたら、しばらく帰れない人になってたかもしれませんもんね。

腰の痛みがだいぶ薄れた頃、呉に行ってきました。
大和ミュージアムこと呉市海事歴史科学館と、てつのくじら館こと海上自衛隊呉資料館を見学するためです。
いやー、驚きました。
てつのくじら館って、入り口に本物の潜水艦が設置されてるんですよ。
大きさ半端無いです。
何故だかまったく解らないのですが、なんとなく昔から潜水艦って好きなんですよね。
潜水艦「あきしお」
潜水艦に吸い込まれそうになる気持ちを抑え、まずは大和ミュージアムに入りました。
入ってすぐ大和の10分の1模型が飾られています。
全長26m、本物は263mなんですって。
潜水艦の「あきしお」が76mっていうんですから、大和は3倍以上です。
どんだけデカかったんでしょうか!
それにしても大和、というか戦艦っておそろしく格好良い、、、
館内には戦艦や空母の模型が数多く展示されてあり、どれも欲しくなる程素晴らしい出来でした。
模型を見て感動したのって、何か久しぶりって感じ。

大和、後から

「長門」
これらがみな、戦時中には本当に多くの人を乗せて戦っていたんですよね。
模型だから、格好良いなんて言って楽しんでられるのかもしれませんが、それでも美しい形だと思いました。
何か胸にぐっと来くるものがあり見入ってしまい、あまり写真を撮れなかったんですよね。

模型の他にもいろいろな資料が展示されています。
零戦や人間魚雷「回天」、魚雷に特殊潜航艇など、初めて本物を見ました。
「回天」の資料では寄贈者に親戚の名前がありました。
零式艦上戦闘機

いろいろ考えさせられることも多かったのですが、何か楽しかったー。
おみやげコーナーで自分に大和のTシャツを買っちゃいました。

士官の海軍カレー&大和のラムネ
隣接しているカフェにて遅めの昼食。
現在呉では、22店舗で海上自衛隊のカレーが食べられる「呉海自カレー」プロジェクトが開催中。
私が入った店は、護衛艦「さみだれ」のカレーがあったのですが、せっかくなので6時間煮込んだという大きな牛タンがのってる「士官の海自カレー」っていうのを食べてみました。
あまり辛くはないんですね。
久しく食べていなかった日本のカレーって感じでした。
普通に美味しかったです。

そして、てつのくじら館へ。
閉館間近でゆっくりできなかったのが残念でした。
機雷の掃海任務に関する展示で興味深かったです。
潜水艦「あきしお」内部にも入れました。
窓がない乗り物って何か不思議な感じ。
良い体験が出来ました。

腰を痛めたせいもあり、その後も帰国までゆっくりして両親との時間をつくることができたのは、結果的に良かったのかもしれません。
荷物の整理のため再び東京へ戻り、3日程滞在してドイツへ。
6週間はさすがに長かったですね。
帰りのフライトはちょっとだけ別料金を払いエコノミーコンフォートを予約。
空席も多く快適でした。

ドイツは日本と比べ陽が長く、風もさわやかでした。
無事に帰って来れたことが何より嬉しかったですね。

今回はおみやげが少ないかなーとか思っていたのですが、帰ってきて荷物を広げたら全然そんなことありませんでした。
居間が一瞬でメチャクチャに。
クリスマス並にいろいろもらえて子供たちは大喜び。
実家での生活も良い感じでしたが、やっぱり自分にとって家族のいるこっちがホームなんですね。

そして来月、今度は子供たちを連れての帰国が決定しました。

2015年6月27日土曜日

帰国してました。

久しぶりの更新です。
実は日本に帰ってました、6週間ほど。

今年に入ってから私の親戚が次々病に倒れ、5月には叔母の一人が亡くなりました。
飛行機のチケットは叔母が存命中に買っていたのですが、急な展開に間に合うことはできませんでした。
今回はお見舞い(父やもう一人の叔母)&法事参加のためという、ちょっと寂しい帰国となりました。
そして出国2日前、喪主である叔父も救急車で病院に搬送され大病を患っていることが判明。
続く病の連鎖、一体どうしちゃったんでしょうか?

飛行機はゴールデンウィークが終わった直後ということもあり満員でした。
只でさえヨーロッパからのフライトは長時間で疲れるのに、混んでると余計ですね。
思い切り帰国を楽しめない感じで久しぶりの成田到着。
2日後に叔母の四十九日があるため、最初は東京です。

法事は天気にも恵まれ、喪主の叔父も何とか参加でき、無事に叔母の納骨が行われました。
みんな高齢者なのでこういうことが起こるのも仕方の無いことなのですが、やはり近しい人たちが病気になっていくという状況を、自分はいまひとつ信じられませんでした。
何とも言えず寂しいですね。
叔父は次の週から入院することとなりました。

法事と見舞いのための帰国とはいえ、毎日そんなことばかりではありません。
時間をつくって八戸の友人のところへチラッと出かけてきました。
短い時間でしたが、友人との時間は何かまったりしていて良かったです。
美味しいご飯もご馳走になりました。
鯖で有名なお店で、昼の定食を。美味しかった!
こちらは東京へ帰る日の朝、魚市場で食事。

そして東京では、前回行けなかった根津美術館へ出かけてきました。
この時期は国宝、尾形光琳の燕子花図屏風が観られますからね。
しかも今年は光琳の300年忌ということで、MOA美術館から紅白梅図屏風も同時に展示されていました。
燕子花はやはり素晴らしかった。
混んでたのが少々残念でしたが、東京の美術館はどこもそうみたいですね。
根津美術館の庭園にて、燕子花
美しい庭園です。
作品鑑賞後、庭園をぶらっとして日本人の美意識の高さを再確認していると、カラスアゲハのつがいがツツジの蜜を吸いに来ていました。
そういえばドイツではカラスアゲハ見たことないですね。
いないのかな。
相方が蜜を吸うのを後方で見守っているようでした。食事中のメスをオスが待ってる感じですかね?
それから東京現代美術館にも出かけました。
東陽町に住んでいる友人を訪ねることになったので、そのついでに「山口小夜子 未来を着る人」展を観てきました。
どうゆう展示になるんだろうと思っていたのですが、なかなか見応えがありましたね。

東京現代美術館
ダニ博士、レース編み作家のKさんにも会ってきました。
ドイツのダニチーズ村を一緒に訪ねてから、彼らの間でダニチーズ熱が一層燃え上がったようですね。
6月にヨーロッパ三大ダニチーズ生産地探訪するべく、残る二つの村があるフランスへ出かけることになったんだそうです。
博士の方はある意味専門分野なのでわかるんだけど、Kさん、どっぷりハマってますね、、、
もはや作家兼チーズダニのブリーダーとなっています。
博士の研究室で彼らの旅の日程打ち合わせに付き合った後、夕食に出かけました。
いろいろな話が出来て面白かったー。
あまりに楽しくて終電を逃すことになり、博士の勧めでマンガ喫茶宿泊を初体験。
博士曰く「日本のカルチャーを知っておくべきだ」と。
まさかこんなことになるとはって感じでしたが、いろんな世界があるんですね。
マンガ喫茶はほぼ満員のようでした。
帰らない人がこんなに居るとは、、、びっくりです。

そして広島へ。
まずは瀬戸内海の島に住む叔母を訪ねました。
叔母も今年に入ってから病気になり、入退院を繰り返していました。
現在すでに病気は治っているのですが、しばらくは定期的に病院に通い、薬を飲み続けなければならないようです。
10kg以上体重が減ったそうで、そのぶん体力もかなり落ちていました。
はやく元気になってもらいたいです。

叔母のところに3日程やっかいになってから、広島市内にある実家へ出かけました。
自宅で父の介護をしている母は思ってた以上に元気そうでした。
父の方は現在は退院し、週2でリハビリセンターに通っています。
父も何とかがんばってるようですね。
ちょっと安心しました。

すると再び東京の妹から悪い知らせが。
入院している叔父には3人の兄がいるのですが、一つ上の叔父も入院することになったというのです。
胃潰瘍だったそうですが、また一人母親側の弟が入院。
こうなってくると何か不吉な力が働いているんじゃないかと思ってしまいますね。
ご先祖様がお守りしてきたという虚空蔵菩薩(コクゾウさんと呼んでました)の祠。
墓参りにも行ってきました。
自分もいずれここに入るんだなという思いがあるからか、何か不思議と落ち着く感じがします。

当初、今回の帰国は3週間を予定してチケットを取っていたのですが、病人が続出したこともあり妻と相談、帰りを更に3週間延ばすことにしたんです。

おかげで広島で両親との時間をゆっくり過ごすことができました。
その間弟達が入院している東京へ、見舞いに行ってきなと母に提案。
出かけてる間は自分が父の面倒を見ててやるから、と!

そうでもしないと、ある程度介護が必要な父を一人にして家を空けれませんからね。
しかし私も介護などまったくの未経験。
ご飯を作ったり、必要な物を取ったりするくらいしか出来ることなんてありません。
それでも何とかなるだろうと、母を東京へ送り出したのは良いのですが、その数時間後、ついに災いは私の身に降りかかったのでした。

                     (つづく)

2015年5月2日土曜日

池、完成。

だいぶ暖かくなってきました。
朝晩の温度差はけっこうあるのですが、ここ数日は快晴の日が多く、街に出るとアイスを食べながら半袖で歩いている人たちを見かけます。

気温の上昇とともに我が家では今、庭熱が高まっています。
妻は完全に興奮していますね。
庭用の家具を買いそろえ、苗を植え種を蒔き、毎日ウキウキしています。

先週末に冬の間元栓を締められていた水道も開かれ、やっと池にも水が入れられました。
長い日数雨が降らなかったため、冬の間に貯めた水が底を尽きるところでした。
睡蓮の植え替えを早いうちに終わらせてしまっていたため、本当に水不足がやばかったです。

そしてこういった水不足の時に、水換えをさせるようないたずらというか、嫌がらせをする奴がいたんですよ。
またしても鳥です。
おそらくカラスもしくはカササギだと思うのですが、睡蓮鉢にいろいろ物を入れていくんですね。
パンやチーズ、ソーセージ、チキンの手羽先、、、
酷い物では、内蔵が飛び出たネズミの死体、、、
もしかしたらコウモリの死体だったのかもしれませんが、、、
鉢の底からコウモリの腕らしき物が、、、
左右ありました。

水を飲んで行くのはまったくかまいませんが、物を入れるなよって、、、
それも水を汚すような物ばかり。
ネズミの内蔵はミミズかと思って手ですくっちゃいました。
あとからいろいろ出てきて気持ち悪くなりましたね。
マジでむかつく。

何で水の中に物を入れていくんでしょうか?
ふやかして柔らかくするため?
パンが固かったから?
それじゃ、チーズとかソーセージとかは何ででしょう??
入れたら最後まで取り出して帰れって感じです。

池の周りに苔を敷けば、ひっくり返していくし、睡蓮鉢の水を換えれば変な物を入れていくし、、、まったくどうなっているんでしょうか。
鳥好きの私ですが、庭の件ではカラスに憎しみがわきますね。

何処かの国のニュースでは餌を与え続けた女の子に、カラスがいろいろ物を持ってくるなんていうのを読みましたが、もしかして水をもらっているから食料を分けてくれているとか?
まさか、、、
むしろ奴ら用に水の入った器でも提供して、関係を作ることに力を入れた方が良いのかもしれません。
むかつくけど。

本格的にガーデニングシーズン到来で、早朝からあちこちの庭で人が働いています。
昨年外装を塗り替えた小屋、今年は内装に着手です。
とりあえず古くてボロい家具や物は捨て、壁も白と水色で塗り替えました。
水平が出ていない床や、湿気って歪んじゃった壁のボードなんかはどうにもできませんが、新たに小振りな家具をいくつか購入、さっぱり良い感じになりました。
着実に過ごしやすい空間になってきています。

ここ数日は娘と一緒に池の周りに苔を敷いています。
なんか落ち着くんですよね、苔むしていると。
 敷いた翌日には鳥にひっくり返されるんですけれど、、、
しっかり根付いてモサモサッとなって欲しいです。
イモリもきっとそういう場所好きそうだし。

カラスやアムゼル(ヨーロッパ黒ツグミ)との戦いはまだまだ続くのでしょうが、庭で過ごす時間が楽しみになってきました。

明日はベルリンから懐かしい友達が訪ねてきます。
天気が良ければバーベキューかな。