母を東京に送り出し、「その間父の面倒は任せな」などとでかい口をきいた数時間後のこと。
手洗いをすませ居間に戻ってきた父が、私の目の前でバランスを崩しよろけたんですね。
危ないっと思った時には身体は動いていて、脇の下に両腕を差し込み羽交い締めにするような体勢で支えました。
しかしこれがいけなかった。
腰をやってしまったんです。
ギシッっという音が聞こえたようでした。
いやー、痛いのなんのって、半端無かったです。
いわゆるぎっくり腰だったのですが、初めてのことなので何が起こったのかまったくわからず、ジワジワ迫ってきた痛みのため脂汗が出ました。
身体を動かすことができません。
座ることもできず、かといってどんな姿勢になったら楽なのかわからず、テーブルに手をついて痛みに耐えていると、「横になっとけ」と何とか自力でイスに腰掛けた父が心配そうに言ってきました。
横になれって言われても、寝転ぶまでの行程が痛過ぎて無理、、、
だからといってこのままでもいられません。
倒れるように横になることにしました。
横になってみるとちょっと楽、しかし痛くない姿勢から少しも動けません。
母親から借りていた iPhone がポケットの中に入っていたのはラッキーでした。
すかさず叔母に連絡を入れ、救援を求めました。
ぎっくり腰経験者だった叔母は、2時間くらいで行けるから「それまで我慢して待っときんさい」と。
救急車を呼ぶかとも思ったのですが、身体が不自由な父を一人残して病院に行くのも何ですし、日本の保険証も持ってないし、、、など、とりあえずは叔母が助けにきてくれるのを待つことにしたんですね。
その間に腰痛ベルトを amazon で注文。
更に腰痛の情報を収集することにしました。
購入したのはこれ、KONAMIの腰椎固定ベルトパワフルギア。amazon jp より |
東京の妹にもメールを入れました。
妹宅に着いたばかりの母親とも電話で話しました。
「何をやってるんだ、あんた、、、」と驚きつつも心配と呆れの混じったような声が。
当然ですよね。
イスに座る父のすぐ下に転がって、これからどうすれば良いのかと相談していましたが、あまりの役立たずさに笑うしかありませんでしたね(涙もろくなってる父は泣いてましたけど)。
すでになってしまったものは仕方ありません。
父は「悪いことをした」と気に病んでいましたが、今回は完全に自分のミス。
足下のおぼつかない父親が転ぶのは想定内でしたので、無理な体勢で支えようとした私の不注意が招いた結果です。
それでも想定外のアクシデントに、不幸の連鎖が自分にやって来たのかと、ちょっと恐ろしくなりました。
そして叔母が到着。
痛み止めの薬と夕飯を持ってきてくれました。
そして寝転んでいる私に、薬(座薬)をすぐに入れて来いと、、、
「嫌だ」とはもちろん言えないので、激しい痛みをこらえて立ち上がり、大人しくトイレに行くことにしましたが、立ち上がってみてびっくり。
真直ぐに立ってしまえば痛みがほとんどないんです。
むしろ寝転んだり座っているほうが痛いんですね。
ヘルニアで入院した友人が「痛みで寝られないから、夜中に部屋を抜け出してロビーの壁に寄りかかったまま立って寝てる」と言っていたのを思い出しました。
トイレに入ってとらなければならなかった姿勢は、ものすごく痛かった。
想定外のアクシデントには参りましたが、ドイツへの帰国を延ばしておいて正解でした。
腰痛のままドイツまでのフライトはもっと大変な結果を招いていたと思います。
妻にもメールで連絡を入れました。
現状が良くわからないまま、次々やって来る良くない知らせに、かなり心配していた様子です。
悪かったねー。
立ち上がれば何とか動きまわれることに気がついたおかげで、だいぶ気分も楽になり、母が帰って来るまでの数日をやり過ごせるという目処も立ちました。
翌朝ゴミ捨てのため外へ出た時、道路を挟んで家の向かいにある(まさに私のためにあるかのような)接骨院に行ってみました。
実は昨晩これこれこういうわけで、どうやら腰を痛めてしまったらしいのだけれども、、、
開くまで30分程早かったのですが、まだ若い院長先生は「今すぐで良いですよ」と言ってくださり、一番で診察してもらうことになったのでした。
足を触ったり押されたりした結果、骨や神経に異常はないとの診断が。
骨に一番近い筋肉、インナーマッスルを痛めたんだそうです。
ということで、電気と針で治療をしてもらい、痛みが取れるのに最低でも1週間以上、通常の生活に戻るには2週間以上かかると言われました。
しばらくは毎日通うこととなりました。
目の前にあるので空いている頃合いを見計らって出かけられるのが良いですね。
不幸中の幸いでしょうか。
4日程して母も帰ってきました。
その頃は痛みもだいぶ治まり、気をつけてさえいれば特に生活に問題もない程度には回復していました。
初日の痛みからは考えられない復活力。
本当にラッキーだった。
神経とかやっちゃってたら、しばらく帰れない人になってたかもしれませんもんね。
腰の痛みがだいぶ薄れた頃、呉に行ってきました。
大和ミュージアムこと呉市海事歴史科学館と、てつのくじら館こと海上自衛隊呉資料館を見学するためです。
いやー、驚きました。
てつのくじら館って、入り口に本物の潜水艦が設置されてるんですよ。
大きさ半端無いです。
何故だかまったく解らないのですが、なんとなく昔から潜水艦って好きなんですよね。
潜水艦「あきしお」 |
入ってすぐ大和の10分の1模型が飾られています。
全長26m、本物は263mなんですって。
潜水艦の「あきしお」が76mっていうんですから、大和は3倍以上です。
どんだけデカかったんでしょうか!
それにしても大和、というか戦艦っておそろしく格好良い、、、
館内には戦艦や空母の模型が数多く展示されてあり、どれも欲しくなる程素晴らしい出来でした。
模型を見て感動したのって、何か久しぶりって感じ。
大和、後から |
「長門」 |
模型だから、格好良いなんて言って楽しんでられるのかもしれませんが、それでも美しい形だと思いました。
何か胸にぐっと来くるものがあり見入ってしまい、あまり写真を撮れなかったんですよね。
模型の他にもいろいろな資料が展示されています。
零戦や人間魚雷「回天」、魚雷に特殊潜航艇など、初めて本物を見ました。
「回天」の資料では寄贈者に親戚の名前がありました。
零式艦上戦闘機 |
いろいろ考えさせられることも多かったのですが、何か楽しかったー。
おみやげコーナーで自分に大和のTシャツを買っちゃいました。
士官の海軍カレー&大和のラムネ |
隣接しているカフェにて遅めの昼食。
現在呉では、22店舗で海上自衛隊のカレーが食べられる「呉海自カレー」プロジェクトが開催中。
私が入った店は、護衛艦「さみだれ」のカレーがあったのですが、せっかくなので6時間煮込んだという大きな牛タンがのってる「士官の海自カレー」っていうのを食べてみました。
あまり辛くはないんですね。
久しく食べていなかった日本のカレーって感じでした。
普通に美味しかったです。
そして、てつのくじら館へ。
閉館間近でゆっくりできなかったのが残念でした。
機雷の掃海任務に関する展示で興味深かったです。
潜水艦「あきしお」内部にも入れました。
窓がない乗り物って何か不思議な感じ。
良い体験が出来ました。
腰を痛めたせいもあり、その後も帰国までゆっくりして両親との時間をつくることができたのは、結果的に良かったのかもしれません。
荷物の整理のため再び東京へ戻り、3日程滞在してドイツへ。
6週間はさすがに長かったですね。
帰りのフライトはちょっとだけ別料金を払いエコノミーコンフォートを予約。
空席も多く快適でした。
ドイツは日本と比べ陽が長く、風もさわやかでした。
無事に帰って来れたことが何より嬉しかったですね。
今回はおみやげが少ないかなーとか思っていたのですが、帰ってきて荷物を広げたら全然そんなことありませんでした。
居間が一瞬でメチャクチャに。
クリスマス並にいろいろもらえて子供たちは大喜び。
実家での生活も良い感じでしたが、やっぱり自分にとって家族のいるこっちがホームなんですね。
そして来月、今度は子供たちを連れての帰国が決定しました。
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